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東京簡易裁判所 昭和45年(ろ)646号 判決 1971年11月10日

被告人 さくらこと長瀬竹雄

昭二〇・八・七生 無職(元飲食店従業者)

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は

被告人は昭和四五年七月七日午後七時三五分頃より同日午後七時五〇分頃までの間、東京都豊島区池袋二丁目九二六番地先附近路上において、不特定の通行人をいわゆるおかま等の客とするため同所をうろつき、あるいは立ちどまるなどし、もって公共の場所において、公衆の目に触れるような方法で、売春類似行為の客待ちをしたものである。

というのであるが、結局これを認めるに足りる証拠が充分でなく、犯罪の証明なきに帰するものと思料する。以下その理由を説示しよう。

(一)  被告人が前記日時、本件現場を歩行していたことは、被告人の自認とともに証拠上明らかであって、問題は被告人が果して前記客待ちの外見的所作と犯意とをもって、同所を歩行していたか否かにかかるので、順次この点を審究する。

(二)  被告人が当公判廷において、前記日時、本件現場を歩行した経路と逮捕された顛末について供述した要旨は、

私(被告人を指す。以下同じ。)は昭和四五年六月一七日から本件現場附近のゲーバー「博多」のゲーボーイとなったのであるが、本件当日(同年七月七日)右「博多」のマスター後藤秀吉からレコード針とトイレの防臭剤の購入方をその前日頼まれていたので、本件現場附近の高橋楽器店(第六回公判調書末尾添付の犯行現場見取図写に○印で朱書された分)でレコード針を買い求め、同店マダムと少時話しなどしてから、更に近くのあんばちや(前同見取図写に△印で朱書された分)で防臭剤を購入した。「博多」への出勤時刻は、平日は午後八時半であるが、当日はマスターが友人のスナックバー開店祝に出かけて不在であったのと、同僚の小原誠から病気欠勤予定につき、いつもより早目に出勤してくれとの電話があったので、当日は午後八時一五分頃までに出勤する心算で、早目に止宿先を出たから、買物をした後も、なお時間的余裕があったし、また頼まれた買物が済んだという解放感に似た気分も加わり、更に附近の電気製品、カメラ、指輪等を販売する「アメリカヤ」で商品を素見しようと思い、そちらへ行ったところ同店が休みだったので、その北方二〇米位のパチンコ屋「一番街」に入り、店内の大鏡で化粧直しをしたりしているうち、同店に入る前から私服の刑事らしい人(後に藤本準吉警部補と判る)が、同店前道路の角の処で右手を挙げて振っているのを、同店内の硝子戸越しに目撃し、タクシーでも呼んでいるのかなと思ったが、タクシーが来ても止めようともせず、遠くの方を手招きしている様子に見受けられた。パチンコ屋を出ると藤本刑事の姿が見えず、やはり後で名前の判った野沢登巡査部長が、前に藤本刑事が手招きしていた処で私の脇に立っていた。私は野沢刑事と相前後してパチンコ屋の北側道路(常盤通り)を横断し、これと交差する道を進んだが、私の方が野沢刑事より先に歩いていたので後方は分らなかった。それから少し行った処(犯行現場見取図表示の<3>の地点)で、白ワイシャツ姿で年齢三〇歳前後のスポーツマンタイプの男から「二千円で遊びに行こう」というような意味のことを何回も言われたけれども、私は「僕、男ですよ」と言うのに、なお同じことを繰り返すので、私は横を向くようにして「これからお店があるし、用事もあるから変なことを言わないで頂戴」とか、「うるさいな」などと言ったところ、その男は西寄りの通り(池袋三業通り)の方へ駆け出して行った。それから、その先の丁字路を右折して少し行った処(前掲見取図表示の<4>の地点の辺り)で、後に名前を知った黒田六郎巡査が荷物を両手で抱きかかえるようにして、右後方から私を追い越して、私の前に睨むようにして立ち塞がった。私は刑事か女装マニアではないかと怖くなりトラブルを起したくなかったので避けるようにした。それから本件現場の北方で池袋三業通りの奥の方にあるバラエティショップ「高村商店」(前掲犯行現場見取図写に同商店名が朱書された分)で、気に入った螢光灯スタンドがあったら買って行こうと思いつき――当時の止宿先の部屋が三畳間で、普通の電球では化粧するのに熱いため、予てから螢光灯が欲しいと思っていたところ、その際購入代金以上の所持金もあり、同商店に良いデザインの品があるのを知っていたので――同商店の方へ歩いていた際、野沢刑事と黒田刑事の二人が、早足で私の両側に来て、私の両腕とベルトを掴み、「話しがあるから来い」と言うので「何処へ」と聞くと、「交番へ」と言うだけで、警察手帳も見せなかった。私は「どういう訳で交番に行くのです」かと聞いたら、「おとなしくしていれば直ぐ帰えす」ということだった。

というのである。

(三)  よって、被告人の自供する叙上の事実関係につき、当裁判所が取り調べた証拠によって、その真否を探究するに、

(1)  (証拠略)を総合考察すれば、被告人が本件逮捕現場に到る前に、その附近の池袋三業通りの高橋楽器店でレコード針を三〇〇円で買い求め、更にあんばちやで防臭剤を七〇円で購入した事実を認めうべく、

(2)  次に証人小原誠の証言によれば、本件当日ゲーバー「博多」のマスター後藤秀吉が友人のスナックバー開店祝に出かけて不在であり、かつ、同店勤務の同僚小原誠も病気で欠勤予定につき、被告人に平日より早目に出勤するよう電話した事実が認められる。さすれば、被告人が「博多」へいつもより早く、午後八時一五分頃までに出勤するため、止宿先を早目に出かけ、本件現場附近で前認定のような買物をしたうえ、なお右出勤予定時刻までに時間的余裕があったので、附近商店を素見しようとしたり、前記パチンコ店内の大鏡で化粧直しをしたりした後、予て螢光灯スタンドを買いたいと思っていたので、気に入った品があったら購入すべくバラエティショップ「高村商店」の方に向って歩行していたところ、その途中で逮捕されたとの主張事実も、反証なき限り、これを肯認して然るべきである。

(四)  飜って、前記警察官らが被告人の当時の外見的所作を目して、いわゆるおかま(売春類似行為)の客待ち現行犯と認めた当否について考按するに、(証拠略)を総合すれば、本件当日右三証人が街頭犯罪取締りのため、薄暮を過ぎてネオンの映え初める宵の口、国鉄池袋駅西口の旅館街である本件現場に赴いたところ、ロングの金髪(かつら)、橙色のワンピース、黒っぽいタイツ、白短靴という女装の被告人(野沢証言および記録編綴の写真参照)が、紙袋を片手に提げて前記パチンコ店「一番街」に入り、店内の大鏡で化粧直しをしてから同店を出た後、前記見取図に朱書された足取りで漫歩しつつ、通行人と寄り添って対話するかの如き所作をしている状況を、前記三警察官において交々尾行しながら現認した顛末が認めえられるので、かかる場合、取締り警察官として、その時刻、同種事犯の多発する地域環境(藤本準吉の証言)、被告人の前記のような姿態と所作等を総合して、前記客待ちの現行犯と直感的に判定したのも、強ち無理からぬところといえるであろう。ただ、当該事案の性質上、かかる外形的事実のみを捉えて、対象者の意思内容までこれに即応するものと速断するのは、いささか危険である。なるほど、前記三警察官が同種事犯の取締り検挙について相当の経験者であることは、同人等の証言によって認めえられるけれども、時に経験深きがゆえに却って慣れの早合点をし、いわゆる“上手の手から水が漏る”の喩えの如き過誤を冒すことなきを保し難いのである。

(五)  尤も、被告人の弁解録取書、司法警察員および検察官に対する各供述調書によれば、恰も本件公訴事実を全面的に自白したかのような供述記載があり、被告人も右各取調べに際しては、特に強制、拷問、脅迫等を加えられたこともない旨、当公判廷において述べており、これと被告人の右弁解録取書および司法警察員に対する供述調書の作成者である野沢登の証言とを総合すれば、如何にも本件事犯を肯定しうるもののようであるが、この点については被告人の知能程度と独自の性格等に着目して、別途に検討しなければならない。すなわち、被告人は学歴も中学校卒業程度で知能水準低く、自己の意思を適切に表現する能力を著しく欠如するものと認められ、現に当公判廷における被告人質問の際の応答も、質問事項と容易に噛み合わず、これを軌道に載せて供述の真意を把握するため少なからぬ手数を要した事迹に徴し、また被告人の性格はみずからも認め、かつ本件審理を通じて看取しえたところの女性的な弱気の上に、素朴単純で思慮の浅い点から推考すると、司法警察員および検察官の取調べに際しても、筋を立てて真実を訴える術をわきまえず、また理不尽に対し飽くまで異議を貫徹する気力もなく、一面には取調官に対し性的好意を持つというが如き特異性(被告人の自供および野沢登の証言)も加わり、結局、取調官の先入感的発言に追随し了り、その供述調書にも求められるまま、無雑作に署名指印したかの疑いを挿む余地が生じうるのであって、この見解は被告人が当公判廷において終始強調するところに照応するものである。

ただし、被告人の取調べに当った前記野沢登証人は、右の疑点を打ち消す証言をしているのであるが、自己の立場と職責とを顧慮した上でなされたであろうと推量される証言である点に想到するば、該証言をそのまま措信することには躊躇せざるをえないのであって、右弁解録取書および供述調書記載の各供述の信憑性は、たやすくこれを容認するわけにはいかないのである。

更に、被告人の検察官に対する供述調書についても、前同様の理由により右と同断であると解せざるをえない。なお、右の判断を裏付ける例証と認められる点を附言するに

(1)  前記(三)の(2)の項で認定した事実につき、被告人は当公判廷において強くその存在を主張しているにかかわらず、司法警察員に対する供述調書には、単にレコード針と防臭剤とを買い求めたとの供述記載があるに止まり、右認定事実を申し立てた形跡がなく、被告人もこの事実に言及しなかったことを自認しているのであって、この点よりみても、被告人が飽くまで筋を立てて真実を申し述べる術をわきまえず、またその気力にも欠けている性格であることを窺うに足るものと認められる。

(2)  前記司法警察員調書によれば、被告人はゲーボーイとなってから本件までに、約五〇〇人にも上る客を相手として売春類似行為を累ねた旨の供述記載があり、この点は被告人が当公判廷において強くこれを否定し、右五〇〇人とは芸能人等でホモ(同性愛)と判る人数の意味で述べたものである旨主張するばかりでなく、被告人がゲーボーイとなったのは昭和四五年六月一七日にゲーバー「博多」に勤め始めてからであり(右供述調書には、それ以前にもゲーバー「淳」にゲーボーイとして勤めていたような供述記載も存するが、前記小原誠の証言および被告人の当公判廷における供述と照合すれば、ゲーバー「淳」とあるのはスナック「淳」の誤りであると認められる)、その後本件当日まで僅か二〇日間に一日平均二五人もの客を相手となしうべき筈はなく――仮りに被告人がいわゆるおかま稼ぎをしていたとしても――この点も右供述調書記載の供述の信憑性を疑わしめる一事由に挙げることができよう。

(六)  売春類似行為の客待ちの構成要件としては、現実に相手方となるべき客を勧誘することまで含むものではないが、右勧誘の事実の存在が、犯意の認定を裏付ける有力な資料たるべきものであるから、この種事犯の捜査方式としては、被疑者から勧誘されたと目される相手方の確保取調べを行なうのが通例とされている(黒田六郎、小林健治の各証言)にかかわらず、本件においてはこの点の捜査がなされず、しかも、これをしなかった格別の事由も認められない。

(七)  本件については当時の週刊誌「週刊新潮」、「平凡パンチ」に無実を叫ぶ取材記事として登載されており(押収の右両誌参照)、その経緯について被告人の供述するところによれば、本件発生後間もない頃、週刊新潮に「ビラ貼りをしていた女性二人が池袋警察署に連行され、取調べの際酷く恥かしい思いをさせられたことが、テレビのニュースショーで報道された」との記事があるのに刺戟され、本件についても無実の身なのにパンツまで脱がされて調べられたことを、社会問題として取り上げてもらうべく新潮、平凡の両社に訴えたというのであって、その採った方途の一見、大袈裟なところに、被告人の素朴単純なる本性が窺われるのであって、これをしもいわゆるマスコミの力を藉りて被告事件を有利に展開させようというが如き法外な意図に出たものとは到底みられない。

(八)  因みに、被告人は池袋警察署防犯課保安係巡査部長小林健治が、通行中の客を装って被告人に話しかけ、いわゆる囮捜査の一役をつとめたかの如く主張するのであるが、同巡査部長の証言および当裁判所が検証した池袋警察署備え附けにかかる同署警務係名義の「署日誌」ならびに同署保安係名義の「日誌」のうち本件当日分の各記載(同巡査部長の印影を含む)等に徴すると、同巡査部長は本件当時、同署の宿直勤務に就き、署外に出た形跡が全く窺われないので、被告人の主張する如き事実はこれを認めるに由なく、結局、被告人の思い過ごしと解するほかないけれども、これも被告人が寃罪を訴える熱情の余り、揣摩臆測を逞しうするに至ったものとも想察されるのであった、この一事をもって被告人のその余の主張(おおむね一貫しており、その内容に多少の曲折があるにせよ、首肯しうる部分が多い)まで、悉く強弁であると断じ去るのは失当であると思料する。

以上、縷説したところを結論するに、本件においては一見、売春類似行為の客待ちと疑われ易い客観的事象の存在は、これを認めるに難くないが、これに即応すべき被告人の犯意を確認するに足る証拠に乏しく、結局、犯罪の証明が充分でないので、刑事訴訟法第三三六条に則り被告人に対し無罪の言渡しをすることとし、主文のとおり判決する。

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